一人親方と個人事業主の違いは「人を雇うか」と「業種」で決まる
個人事業主は法人を作らずに事業をする人全般の呼び方
個人事業主とは、株式会社や合同会社などの法人を設立せず、個人として事業を営んでいる人の総称です。業種は問いません。飲食店の店主、ネット販売をする人、デザイナー、運送のドライバー、そして建設業の職人まで、法人でなく自分の名前(または屋号)で売上を立てている人は、みな個人事業主に当たります。
個人事業主には、従業員を雇っている人も雇っていない人も含まれます。たとえば職人を3人雇って工務店を営んでいても、法人化していなければ個人事業主です。つまり「個人事業主」は、事業の形態(法人か個人か)を表す言葉であり、人を雇っているかどうか、どんな仕事をしているかまでは表していません。税務署に開業届を出し、毎年確定申告をするのは、この個人事業主としての立場に基づく義務です。
一人親方は建設業で人を雇わずに自ら働く個人事業主
一人親方は、主に建設業で使われる呼び方で、労働者を雇わずに自分自身が現場に入って作業する個人事業主を指します。大工、左官、内装、鉄筋、型枠、電気、設備、塗装、解体など、職種を問わず、元請けや上位の下請けから仕事を請けて自分の腕で稼ぐ人が典型です。
ポイントは次の3つです。
- 建設業(建設の事業)に従事している
- 常時、労働者を雇用していない(家族の手伝いの扱いは制度ごとに確認が必要)
- 会社に雇われているのではなく、自分で事業として仕事を請けている
「一人親方」という言葉は法律で一つの定義が決まっているわけではなく、労災保険の特別加入など制度ごとに対象の範囲が定められています。そのため、制度を使うときは「その制度での一人親方の条件」を加入先や窓口で確認することが大切です。
一人親方は個人事業主に含まれる「部分集合」の関係
両者の関係を一言でいうと、一人親方は個人事業主の中の一つのグループです。「一人親方か、個人事業主か」の二択ではなく、一人親方であれば同時に個人事業主でもあります。逆に、個人事業主であっても、建設業以外の人や、職人を雇っている人は一人親方とは呼びません。
この関係を押さえると、制度の調べ方が楽になります。税金や開業届のように「個人事業主全般」に共通するルールは、一人親方向けに特別な決まりがあるとは限らず、個人事業主向けの情報がそのまま当てはまります。一方、労災保険の特別加入や建設業法の下請保護のように「建設業の一人親方」に関わる制度は、一般的な個人事業主向けの解説には載っていないことがあります。調べものをするときは、「個人事業主として共通の話か」「建設業の一人親方に特有の話か」を最初に切り分けると、情報の取り違えを防げます。
税金・確定申告では一人親方も個人事業主も同じ扱い
開業届と確定申告の義務は共通
税金の面では、一人親方だからといって特別な申告方法があるわけではありません。所得税の上では、どちらも「事業所得」を得る個人事業主として扱われます。事業を始めたら税務署に開業届を出し、毎年、前年1年分の売上と経費をまとめて確定申告をする流れは、建設業でも他業種でも同じです。
共通して押さえておきたい手続きは次のとおりです。
- 開業届の提出(青色申告をするなら青色申告承認申請書も)
- 帳簿の作成と、請求書・領収書の保存
- 毎年の確定申告と納税
- 前年の所得によっては予定納税への対応
なお、会社員時代と違い年末調整はありません。元請けから報酬を受け取る際に源泉徴収されている場合でも、確定申告で精算するのが基本です。控除額や税率など具体的な数字は年度で変わるため、不安な点は税務署・税理士に確認してください。
消費税・インボイスのルールも共通
消費税やインボイス制度も、個人事業主全般に共通するルールです。ただし、建設業の一人親方は元請けとの取引が中心なので、インボイスの影響を受けやすい立場にあります。元請けがインボイス発行事業者以外(免税事業者など)に支払った分は、経過措置で一定割合しか仕入税額控除ができないためです。
令和8年度税制改正後の経過措置では、控除できる割合は2026年9月30日まで80%、2026年10月1日〜2028年9月30日は70%、2028年10月1日〜2030年9月30日は50%、2030年10月1日〜2031年9月30日は30%、2031年10月1日以降は控除なしと段階的に下がります。
インボイス登録をした場合の負担軽減策として、2割特例は2026年9月30日を含む課税期間(個人事業者は2026年分)まで使えます。2027年分・2028年分は個人事業者のみ3割特例(売上税額の3割を納付・基準期間の課税売上高1,000万円以下・インボイス登録が条件)があります。登録するかどうかは、取引先の構成や売上規模を見て判断しましょう。
簡易課税のみなし仕入率には建設業ならではの区分がある
税のルール自体は共通でも、業種によって数字が変わる部分があります。代表的なのが、消費税の簡易課税制度で使う「みなし仕入率」です。建設業は原則として第3種で70%ですが、材料の支給を受けて労務だけを提供する場合は第4種で60%になります。
一人親方は、材料を自分で仕入れて施工する「材工共」の仕事と、元請けから材料を支給されて手間だけを請ける「手間請け」の仕事が混在しがちです。どちらに当たるかでみなし仕入率が変わり、納める消費税額も変わります。
- 請求書や契約書に「材料支給」「手間のみ」などの記載があるか確認する
- 材工共と手間請けを帳簿上で分けて記録しておく
- 区分に迷う取引は、申告前に税務署・税理士に確認する
他業種向けの個人事業主の解説だけを見ていると、この区分を見落とすことがあります。建設業特有の論点として覚えておきましょう。
労災・社会保険で差が出るポイント
労災保険は建設業の一人親方として特別加入する
税金と違い、はっきり差が出るのが労災保険です。労災保険は本来、雇われて働く労働者のための制度で、事業主である個人事業主は原則として対象外です。ただし、建設業の一人親方は特別加入制度の対象として位置づけられており、一人親方の労災保険の特別加入団体を通じて加入できます。
現場ではケガのリスクが常にあり、元請けから「労災に入っていないと現場に入れない」と言われることも珍しくありません。加入を検討する際は、次の点を確認しておくと安心です。
- 自分の職種・働き方が特別加入の対象に当たるか
- 給付基礎日額をいくらにするか(保険料と補償額が連動する)
- 加入団体の入会金・会費、手続きにかかる日数
他業種の個人事業主にも特別加入の道が用意されている業務はありますが、対象や手続きは業務ごとに異なります。「個人事業主だから労災はない」と思い込まず、建設業の一人親方として加入できる制度を確認することが重要です。
健康保険と年金は国民健康保険・国民年金が基本
健康保険と年金については、一人親方も他の個人事業主も基本は同じで、国民健康保険と国民年金に加入します。会社員のように保険料の半分を会社が負担してくれる仕組みはないため、全額を自分で納めることになります。
ただし建設業の場合は、同業者でつくる国民健康保険組合(いわゆる建設国保など)に加入できる場合があります。市区町村の国民健康保険と組合のどちらが有利かは、保険料の決まり方や家族の人数、給付の内容によって変わります。
- 市区町村の国保:所得に応じて保険料が決まるのが一般的
- 建設業の国保組合:加入条件や保険料の決まり方は組合ごとに異なる
- 年金:国民年金に加え、国民年金基金など上乗せの選択肢がある
比較するときは、前年の所得をもとに市区町村と組合の両方で保険料の見込みを出してもらい、補償内容とあわせて判断するのが確実です。
人を雇った時点で「一人親方」ではなく雇用主になる
一人親方と、人を雇う個人事業主との最大の分かれ目は、労働者を雇用したときです。職人や見習いを雇って給料を払うようになると、一人親方ではなく「従業員を使う個人事業主(事業主)」として扱われ、雇用主としての義務が生じます。
- 雇った人のための労災保険の手続き
- 週20時間以上働く人を雇う場合の雇用保険の手続き
- 給与からの源泉徴収と年末調整
- 社会保険(健康保険・厚生年金)の加入要否の確認
社会保険の適用は、事業所の業種や従業員数などで変わるため、具体的には年金事務所に確認してください。また、雇用した後も一人親方向けの特別加入を続けられるか、別の枠組みに切り替える必要があるかは、加入団体や労働基準監督署に確認が必要です。人を入れる前に、手続きと負担をまとめて洗い出しておくと慌てずに済みます。
取引・契約ルールでの扱いの違い
フリーランス法は一人親方への発注も対象になり得る
2024年11月1日に施行されたフリーランス法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)は、業種の限定がありません。そのため、従業員を使わない一人親方への工事の一部発注も対象になり得ます。この点は、他業種で人を雇わずに働く個人事業主と同じ立場です。
この法律で一人親方が押さえておきたいのは、次の2点です。
- 発注する側は、業務の内容や報酬額などの取引条件を明示する
- 報酬は、成果物などを受領した日から60日以内に支払う
口頭で仕事を頼まれることが多い現場でも、条件を書面やメッセージで残してもらう根拠になります。一方、人を雇って事業をしている個人事業主は、この法律の保護対象から外れる場合があります。自分が対象かどうかも、「人を雇っているか」で変わる点に注意しましょう。
取適法(旧・下請法)は建設工事の取引には適用されない
2026年1月1日施行の改正で、下請代金支払遅延等防止法は「取適法」になりました。呼び方も、親事業者は委託事業者、下請事業者は中小受託事業者に変わっています。この法律は製造や役務の委託などで多くの個人事業主を守るルールですが、建設業には大きな例外があります。
建設業を営む者が請け負った建設工事を他の建設業者に請け負わせる取引は、一人親方への工事の発注を含めて取適法の対象外です。建設工事の下請取引は、後述する建設業法で規律されているためです。
ただし、図面作成や資材の製造など建設工事以外の委託は、資本金基準または従業員基準(300人/100人)を満たせば対象になります。他業種の個人事業主向けに書かれた「取適法(旧・下請法)で守られる」という情報を、そのまま建設工事の取引に当てはめず、工事の下請取引については建設業法のルールを確認するよう気をつけてください。
建設工事の下請代金は建設業法でルールが決まっている
建設工事を請ける一人親方にとって、取引上の支えになるのが建設業法です。他業種の個人事業主には関係のない、建設業特有のルールです。
- 元請負人は、注文者から出来高払・竣工払を受けた日から1か月以内に下請代金を支払う(第24条の3)
- 特定建設業者は、下請負人からの引渡し申出日から50日以内とのいずれか早い方で支払い、50日を超えると遅延利息年14.6%(第24条の6。下請負人が特定建設業者・資本金4,000万円以上の法人の場合を除く)
- 不当に低い請負代金の禁止(第19条の3)
- 通報を理由とする不利益取扱いの禁止(第24条の5)
支払いが遅い、極端に安い単価を押し付けられるといった場面では、これらの条文が判断の物差しになります。なお、自分が建設業許可を必要とするかどうかは「一人親方かどうか」では決まらず、請ける工事の内容や規模によります。迷う場合は許可行政庁に確認してください。
自分が一人親方か個人事業主かを判断する基準
働き方を確かめるチェックリスト
自分がどちらの呼び方に当たるか迷ったら、次の項目を順番に確認してみてください。
- 法人を設立していないか(法人なら個人事業主ではない)
- 仕事の中心が建設工事か(建設業でなければ一般の個人事業主)
- 給料を払って人を雇っていないか(雇っていれば雇用主の個人事業主)
- 自分自身が現場に入って作業しているか
- 仕事を事業として請けているか(会社に雇われていないか)
すべてに当てはまれば、一人親方であり、同時に個人事業主です。建設業でも人を雇っていれば「一人親方」ではなく、従業員を使う個人事業主として扱われます。また、繁忙期だけ応援の職人に外注で手伝ってもらうのか、雇用して給料を払うのかでも扱いが変わります。外注か雇用かがあいまいなまま人を入れると、労災や税金の手続きを誤る原因になるため、契約の形をはっきりさせておきましょう。
実態が「雇われた労働者」なら一人親方とは言えない
注意したいのは、名前だけ一人親方で、実態は会社に雇われた労働者と変わらないケースです。開業届を出していても、働き方の実態によっては労働者と判断されることがあります。判断の目安になるのは、たとえば次のような点です。
- 仕事を断る自由があるか、日々の作業を細かく指示・監督されていないか
- 始業・終業の時間や休みを一方的に決められていないか
- 報酬が仕事の完成ではなく、拘束時間だけで決まっていないか
- 工具や材料を自分で用意しているか
実態が労働者なら、本来は雇用主が労災保険や社会保険を負担すべき立場です。「一人親方として扱われているが、働き方は社員と同じ」と感じる場合は、契約内容を見直すか、労働基準監督署などの公的な相談窓口に相談することを考えましょう。呼び方よりも、実際の働き方で判断されることを覚えておいてください。
書類での名乗り方と、法人化・雇用への切り替え
開業届や確定申告書では、「一人親方」という区分の欄があるわけではなく、個人事業主として職業欄に「大工工事業」「内装工事業」などの業種を書きます。一方、労災保険の特別加入の申込みや、元請けに出す安全書類などでは「一人親方」として扱われるのが一般的です。書類によって呼び方が変わるのは、それぞれの制度の立場が違うためです。
将来、人を雇ったり法人化したりすると、立場は次のように変わります。
- 人を雇う:一人親方から「従業員を使う個人事業主」へ。雇用主の手続きが必要
- 法人化する:個人事業主ではなく会社の代表者へ。社会保険や税金の仕組みが大きく変わる
どちらの段階でも、労災の加入方法、保険料、申告の仕方が切り替わります。変わる前に、加入団体・税務署・年金事務所などで必要な手続きを確認しておくと、現場を止めずに移行できます。
まとめ
一人親方と個人事業主の違いは、言葉の範囲の違いです。個人事業主は法人でない事業者全般を指し、一人親方はその中でも建設業で人を雇わず自ら現場で働く人を指します。税金や確定申告、インボイスのルールは基本的に共通ですが、簡易課税のみなし仕入率には建設業特有の区分があります。労災保険の特別加入、建設業法による下請代金の保護、取適法の適用除外など、建設業の一人親方ならではの論点も多くあります。また、人を雇った時点で立場が変わり、実態が労働者なら一人親方とは言えません。調べものをするときは「個人事業主共通の話か、建設業の一人親方特有の話か」を切り分け、迷ったら税務署・年金事務所・許可行政庁などで確認しながら、自分に合った制度を選んでいきましょう。