工事区分表(甲乙区分表)とは何か:押し付け合いが起きる構造
甲乙区分表と元請・協力会社間の工事区分表の違い
「甲乙区分表」という言葉は、場面によって指すものが違います。テナント工事やビル改修では、オーナー負担(A工事)、オーナー指定業者でテナント負担(B工事)、テナント負担(C工事)を分ける資料を指すことが多いです。一方、元請と協力会社の間では、契約書の「甲(注文者)」と「乙(請負者)」のどちらが何を負担するかを一覧にした表を甲乙区分表、または工事区分表と呼びます。
本記事で扱うのは後者、つまり元請が協力会社に工事を出すときの範囲線引きです。発注者との区分表が上流にあり、その中の元請負担分を、さらに工種ごとに協力会社へ割り振るのが元請側の区分表です。上流の区分表を写しただけでは協力会社間の取合いが決まらないため、元請の現場代理人や施工管理者が自分で作る必要があります。
- 発注者と元請の区分:A・B・C工事、別途工事、支給品の扱い
- 元請と協力会社の区分:材料・施工・費用・手配の負担者
- 協力会社同士の区分:開口、補強、スリーブ、下地などの取合い
押し付け合いが起きやすい取合い項目
トラブルの起点はほぼ決まっています。どの工種にも属しきらない「境目の作業」と、誰もが自分の見積に入れたくない「雑工事」です。経験上、次の項目は区分表に書いていないと必ず揉めます。
- 天井・壁の開口と開口補強(内装か設備か)
- スリーブ・インサートの手配と取付(躯体か設備か)
- 器具・手すり・建具取付のための下地補強
- 養生(自工種の養生か、他工種の既存仕上げ保護か)
- 日常清掃・竣工清掃・残材の片付けと産業廃棄物の処分費
- 荷受け・揚重・小運搬(階上げ)
- 墨出しの基準墨と各工種の墨
- 仮設電気・照明・水の使用と費用負担
これらは単価が小さい割に作業時間を食い、工程の最後に効いてきます。若手の監督が「最後は元請の常用で片付けた」という経験をするのは、ほとんどがこの領域です。
範囲の曖昧さが原価と法令リスクに直結する理由
範囲が曖昧なまま着工すると、費用は最終的に元請か協力会社のどちらかが黙って飲み込みます。元請が飲めば実行予算が崩れ、協力会社が飲めば次から見積に「保険」の上乗せが入り、単価が上がります。どちらに転んでも損です。
さらに、契約後に「それも範囲内のはず」と追加作業を無償でやらせ続けると、建設業法第19条の3(不当に低い請負代金の禁止)との関係で問題視されるおそれがあります。協力会社が許可行政庁などに相談・通報したことを理由に取引を減らすことも、第24条の5で禁止されています。区分表は「揉めないための資料」であると同時に、元請が適正な取引をしていたことを示す記録にもなります。
工事区分表の作り方:4つの手順
手順1:項目を工程順・部位順に洗い出す
最初に、工種別ではなく工程順・部位順で作業を書き出します。工種別に書くと、各社の見積範囲をなぞるだけになり、境目の作業が落ちるためです。おすすめは、仮設→躯体→外装→内装→設備→外構→竣工の順に、部位ごとの作業を1行ずつ並べる方法です。
- 発注者との区分表・特記仕様書から、元請負担になっている項目を転記する
- 過去の同種工事の追加精算・常用伝票を見返し、揉めた項目を足す
- 施工図の取合い部(天井内、PS、開口部、外壁貫通部)を拾う
- 「材料支給」「別途工事」「施主手配」になっている項目に印を付ける
この段階では行数が多くて構いません。中規模の内装改修でも80〜150行程度になるのが普通です。行数を減らすのは、全項目の負担者が決まってからです。
手順2:区分記号を決めて凡例を固定する
記号が人によって違うと、表があっても読み違いが起きます。凡例を表の先頭に置き、会社として固定しましょう。
- ○:その会社の範囲(材料・施工とも)
- △:施工のみ(材料は他者支給)
- □:手配・費用のみ(施工は他者)
- 支:元請または発注者支給品
- 別:別途工事(本契約の範囲外)
- 協:着工前に協議して決定(期限を併記)
「協」を使うときは、必ず「◯月◯日の工程会議までに決定」のように期限を書きます。期限のない「協議」は、実質的に未決定と同じです。また、1つの行に○が2社付く状態は禁止にしてください。重複は二重払いか、互いに相手がやると思って誰もやらない状態を生みます。
手順3:「材料・施工・費用・手配」を分けて書く
揉める項目の多くは、「誰がやるか」は決まっていても「誰が材料を買い、誰が段取りし、誰が費用を持つか」が決まっていません。例えば開口補強は、施工は内装業者でも、補強材の費用は設備側で持つという取り決めもあり得ます。
そこで、揉めやすい行だけは列を分けます。
- 材料:誰が購入・手配するか
- 施工:誰の職人が作業するか
- 費用:最終的に誰の契約金額に含むか
- 手配・調整:数量拾い、位置出し、他工種への連絡を誰が行うか
全行を4列にすると表が読めなくなるので、通常行は1列の記号、取合い行だけ4列に展開するのが実務的です。
手順4:図面・仕様書と紐付けて版管理する
区分表は単独では意味を持ちません。各行に「参照図面番号」「仕様書の該当項」を入れ、根拠を辿れるようにします。図面が改訂されたら区分表も改訂し、版数と日付を表の右上に入れてください。
- 版数例:第1版(見積依頼時)、第2版(契約時)、第3版(施工図承認後)
- 改訂行には変更日と理由を記載し、旧版は消さずに保管する
- 協力会社には改訂のたびに配布し、受領の返信を記録する
「どの版で契約したか」が後から分からないと、追加精算の根拠になりません。契約時の版は注文書の別紙として綴じておくのが確実です。
取合い別の記載例:そのまま使える書き方
内装と設備の取合い:開口・補強・スリーブ
最も揉める領域です。記載は「部位・作業・負担者・条件」を1行に収めます。
- 天井点検口(450角)開口・枠取付:内装○/位置指示:設備□
- 照明・換気扇の天井開口:内装○(設備が墨出しした位置で開口)
- 器具取付用の天井下地補強:内装○/補強位置図の提出:設備□(施工図承認後7日以内)
- 壁貫通スリーブ(LGS壁):設備○(材料・取付)/壁開口:内装○
- 躯体スリーブ・インサート:材料手配は設備□、取付は型枠△
- 開口部の耐火処理(区画貫通部):貫通させた工種○
ポイントは「位置を決める人」と「穴を開ける人」を別に書くことです。位置図の提出期限を区分表に入れておくと、図が来ないまま内装が先行して後でやり直す事態を防げます。
共通仮設・雑工事:養生・清掃・残材・産廃
雑工事は「全部元請」にすると元請の常用費が膨らみ、「全部協力会社」にすると見積に保険が乗ります。作業ごとに切り分けましょう。
- 自工種の作業範囲の養生:各工種○
- 先行仕上げ(床・建具)の保護養生:元請○(材料)、後工程の工種が損傷した場合は損傷させた工種の負担
- 日常清掃(作業場所の片付け):各工種○、毎日作業終了時
- 共用部・通路の清掃:元請○
- 竣工清掃(美装):元請手配(専門業者)
- 自工種の残材の分別・指定場所への搬出:各工種○
- 産業廃棄物の処分費:元請○(排出事業者として)、指定外の持込み分は持ち込んだ工種
産廃は排出事業者責任の整理と合わせて決める必要があり、元請がマニフェストを管理する前提で処分費の負担を明記しておくと揉めません。
搬入・揚重・荷受けと仮設設備の使用
搬入は「誰が呼んだ車か」で決めるのが基本ですが、揚重機や荷受け要員は共用になりやすいため細かく書きます。
- 自工種材料の搬入・荷降ろし・小運搬:各工種○
- 揚重機(ロングスパンエレベーター・クレーン)の設置:元請○、使用は予約制(前日15時締切など)
- 重量物の揚重オペレーター:揚重を必要とする工種□(元請手配の場合は費用負担を明記)
- 仮設電気(分電盤まで):元請○、分電盤以降の延長コード・照明:各工種○
- 仮設水:元請○(費用含む)、専用給水が必要な工種は協議(期限付き)
締切時刻や予約方法まで区分表に書くと、現場ルールの周知資料も兼ねられます。
見積・契約・応援依頼への落とし込み方
見積依頼書に添付して比較条件を揃える
区分表の最大の効果は、見積を同じ土俵で比べられることです。区分表なしで3社から見積を取ると、安い会社は単に雑工事や養生を入れていないだけ、ということがよくあります。見積依頼の時点で区分表の第1版を添付し、次の点を回答してもらいます。
- 区分表の○・△の項目がすべて見積に含まれているか(含まない項目は明記)
- 「協」の項目について、自社で受ける場合の金額
- 区分表にない作業で、施工上必要と考える項目
- 見積有効期限と、区分表の版数
3つ目の質問は、相手の施工経験を測る材料にもなります。初取引の協力会社であれば、ここで具体的な指摘が返ってくるかどうかで、現場を任せられるかの見当がつきます。
注文書・注文請書に「別紙区分表による」と明記する
見積で使った区分表を、契約時に確定版として注文書の別紙にします。本文には「工事範囲は別紙工事区分表(第◯版・◯年◯月◯日)による」と書き、版を特定してください。変更時の扱いも合わせて決めます。
- 区分表の改訂で範囲が増減した場合は、着手前に書面で金額を協議する
- 口頭指示による範囲外作業は、指示日・指示者・内容を日報に記録し、月末に精算協議する
- 「協」の項目が期限までに決まらない場合の暫定負担者を決めておく
元請の都合で範囲を広げたのに金額を据え置くと、先述の第19条の3の観点で問題になり得ます。施工体制台帳が必要な工事(民間工事で下請代金の総額5,000万円以上、建築一式工事は8,000万円以上、公共工事は金額にかかわらず)では、台帳に添付する契約書類にも区分表が含まれる形にしておくと、記載内容の整合が取りやすくなります。
応援を頼むときは「請負の範囲」を区分表で切る
人手が急に足りなくなると、「とりあえず2人貸して」と頼みたくなります。しかし建設業務への労働者派遣は禁止されています。応援には、他社の人を自社で雇用する(職業紹介などを通じた雇用)か、他社に工事の一部を請け負わせるか、の2通りしかありません。
請負で頼む場合、相手の職人に元請の監督が直接作業指示を出すと、偽装請負と判断されるおそれがあります。そこで区分表を使います。
- 応援範囲を「3階東側LGS壁 下地・ボード張り一式」のように成果物単位で区分表に追記する
- 作業指示は相手の職長(責任者)を通して出し、元請は工程と品質の確認に徹する
- 人数・時間ではなく範囲と出来高で金額を決め、注文書を交わす
- 工具・材料の負担も区分表の列で明示する
「人工(にんく)単価×人数」の常用発注は実態として指揮命令を伴いやすいため、範囲を切れない作業だけに限定し、その場合も相手の職長を置いてもらうのが安全です。
着工前の読み合わせと変更記録の運用
区分表は配っただけでは読まれません。着工前のキックオフで、取合い行だけを関係する工種の職長と一緒に読み合わせます。全行を読む必要はなく、「協」と取合い行に絞れば30分程度で終わります。
- 読み合わせ参加者:元請の現場代理人・担当者、関係工種の職長
- 確認事項:取合い行の負担者、位置図の提出期限、暫定負担者
- 記録:議事録に参加者と確認した版数を残す
- 運用:工程会議の議題に「区分表の改訂有無」を固定で入れる
この運用を回せる監督は、所長から見ると「原価と工程を同時に守れる人」です。区分表は地味な書類ですが、現場の揉め事を減らし、協力会社から「あの監督の現場は段取りが良い」と言われる最短ルートでもあります。
まとめ
明日やること:直近の現場で3項目だけ決める
いきなり100行の区分表を作る必要はありません。まずは担当している現場、または次に見積を出す工事で、揉めそうな取合いを3項目だけ選び、負担者と期限を決めて協力会社に送ってください。
- 開口と補強の負担者
- 残材搬出と産廃処分費の負担者
- 揚重・荷受けの手配者と予約ルール
送るときは「この認識で合っていますか。違えば◯日までに返信ください」と期限を付けます。返信の有無そのものが、相手の対応力を測る材料になります。3項目が回り始めたら、工程順の洗い出しに広げ、会社の標準テンプレートに育てていきましょう。
区分表を作れる監督が評価される理由
施工管理・現場監督としてキャリアを積むうえで、区分表を自分で作れる力は、資格とは別の評価軸になります。区分表を作るには、全工種の作業内容、施工順序、原価の構造を理解している必要があり、それはそのまま所長や工事主任に求められる能力だからです。
- 見積比較の根拠を説明でき、購買・原価管理を任されやすくなる
- 協力会社との交渉で感情ではなく書面で話せる
- 転職時に「区分表を作り、追加精算を減らした」と実績で語れる
施工管理技士の資格取得と並行して、担当現場で1枚の区分表を完成させることを目標にすると、実務経験の中身が確実に濃くなります。
区分表は「関係を守る書類」として使う
区分表は協力会社を縛るための書類ではありません。範囲を明確にし、範囲外の作業には正当な対価を払うことを約束する書類です。この姿勢が伝わると、協力会社は見積に保険を乗せる必要がなくなり、結果として単価は安定し、次の工事でも声をかけやすい関係が続きます。
人手不足の中で協力会社に選ばれる元請になるには、「この会社の現場は範囲がはっきりしていて、追加はきちんと払ってくれる」という評判が欠かせません。区分表の整備は、その評判を一つずつ積み上げる実務です。応援依頼の場面でも、範囲を区分表で切る習慣があれば、偽装請負を避けながら必要な戦力を確保できます。